個人的にはキュウリという野菜のポジショニングが 不可思議でたまらないと同時に 少し愛らしく思っています。 それは、なぜでしょうか。
キュウリを使った料理と言うと、多くの人は漬物か野菜スティック、冷やし中華の付け合せ程度しか思い浮かばないのではないでしょうか。 それなのに、スーパーの青果売り場にではかなりメインの扱いでキュウリが売られている。 ほとんど、まともな料理に使えないにもかかわらず、ですよ。
ちなみにジャガイモなら、カレーやコロッケ、ポテトサラダなど人気料理を網羅していますよね。 キュウリには致命的にそれがない。
一説では、キュウリは世界一栄養がない野菜としてギネスに認定されているそうです。
https://www.lifehacker.jp/2011/06/110628cucumber.html
こうなると、かなり不可思議になってきます。 料理にも使えず、栄養もないにもかかわらず、スーパーの青果売り場にではかなりメインの扱いをされているわけですから。
様々な料理に使えるカスタマイズ性や栄養という機能性がないキュウリがなぜこれほどまでに愛されるのでしょうか。 それを読み解くキーワードは個人的には「体験」だと思っています。
具体的には、「シャキッとした食感、クセのないみずみずしさ」という体験、冷やし中華をはじめとした「季節感・非日常性」という体験。 逆に言うとこれくらいしかないわけですが、 様々な料理に使えるカスタマイズ性や栄養という機能性がない分、これらの独自性が際立ってくるのだと思います。 特に、「シャキッとした食感、クセのないみずみずしさ」という体験、冷やし中華をはじめとした「季節感・非日常性」という体験は 夏という季節によくマッチします。
キュウリは数ある野菜の中でも珍しく、味や栄養ではない体験性を重視した野菜なのだと思います。 うまいとか、まずいとか、食べたら健康にいいとか悪いとか、そういうベクトルではないのだと思うのです。
こんなキュウリからわれわれ人間が学べることは、けっこう多いのではないかと思います。 「栄養」というどんな野菜でも追求するであろう分野をあえて捨て、 そのことによって逆に、他にはない「体験性」という独自性で差別化するというスタンス。 これはわれわれ人間にもそのまま使えるものです。 「栄養」はどんな野菜でも持っているものですからコモディティ化しやすい。 独自性を出しにくいのです。 そこをあえてキュウリは捨てているわけですから、クレバーだなと思います。
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