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ディスプレイというフラットなガラスが存在するにすぎない

美術学校の先生が先日、ポツリと言いました。「(Webはディスプレイという名の)フラットなガラスがそこにあるだけ。」

「スマートなもの」は非物質的。ディスプレイというフラットなガラスが存在するにすぎない。

要するに先生が言いたかったのは、 Webやアプリなどの「スマートなもの」は非物質的であり、 どんなにPhotoshopで作り込んでも、プログラムを作り込んでも、 そこにあるのは単なる情報にすぎない、 ディスプレイというフラットなガラスが存在するにすぎない、ということ。

質量や体積という圧倒的な存在感

デジタル分野を仕事としている人間が、 アートの持つ物質性やスケール感を目にすると、その圧倒的な存在感に感動することがあります。 コンセプチュアルアートだろうとほとんどのアートには質量があり、体積がある。 音やパフォーマンスを素材にした作品でも、最終的なインスタレーションには必ずと言っていいほど質量があり、体積がある。 この質量や体積という概念は、Webやアプリなどの「スマートなもの」にはない概念なのです。

物事には常に二面性があり、様々な見方ができる

もちろん「スマートなもの」には質量や体積がないからこそ、いろいろなことができるわけですから、 それを否定するつもりはありません。 ただ、物事には常に二面性があり、様々な見方ができるものだということを改めて学びました。

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